はなこの仏像大好きブログ

奈良、鎌倉、京都、古美術、そして、日常の生活などを取り上げて書いて行きたいと思っています。 よろしくお願いします。 主婦、母ですが、通信制大学院の学生でもある、アラフィフおばさんです。

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アメブロ『奈良大好き主婦日記』
http://s.ameblo.jp/naranouchi/

と並行して書いています。

よろしくお願いします。

仏教


ふと気づけば、今日は9月15日、中秋の名月の日でした



そこで、平等院鳳凰堂のあの阿弥陀如来坐像の内部に収められている

満月 の話です




1 月輪と阿弥陀 大呪、小呪について


鳳凰堂の阿弥陀如来坐像はあまりにも有名ですが、意外と知られていないことに

胎内には、お月様が籠められています



↓ このよううに丸くて美しい  



これ、上の丸い部分が月輪(がちりん)と呼ばれるもので、満月 を表しています

下の部分は蓮台です


全体をさして、心月輪(しんがちりん)と呼びます   




阿弥陀の胎内にあったため、保存状態が非常に良く、制作当時の鮮やかな色彩 を残しています   
   
明治の修理の時に、新納忠之助が模造品を作りましたが、そちらのほうが人目にさらされ、
平安の本物よりも劣化しているという話も聞きます
(上の写真は『国宝平等院展』という東博2000年発行のムック本からとりましたが、解説には「新納さんの模造品」と書いてありながら、訂正表が入っていて「本物」となっていて、ほんとはどっちなのか良くわかりません )


阿弥陀如来制作当時は、ちょうど阿弥陀如来の内部の胸のあたりに この心月輪がおかれていました



   
心月輪の上に書かれている文字は、

阿弥陀大呪(だいじゅ)、小呪(しょうじゅ)と呼ばれるもので、ここでは梵字で書かれています    
    
        
        

   

まず、中心の唵 (オン )とこれを巡る第一重の 8字が阿弥陀小呪

第二重から最外の第四重にわたって続く112文字が阿弥陀大呪です

 

文字は中心に向かって内向きに書かれれています   

       

文字は、常に上から右回りです   

 



では、この梵字をどう読むのか?
私も読めないので、読んでくれたものから引用します   

 

阿弥陀小呪

 「唵(オーム)、甘露(不死)の威力あるものよ、運べ、吽(フーム)。」

阿弥陀大呪

 「三宝に帰命す。聖なる無量光(阿弥陀)如来・応供・正等覚者に帰依す。即ち、唵、甘露(不死)よ、甘露を発生するものよ、甘露の源よ、甘露の母体よ、甘露を成就せるものよ、甘露の威光あるものよ、甘露の勇猛なるものよ、甘露の勇猛を致すものよ、甘露の虚空作者よ、甘露の鼓の音よ、一切の目的を発生するものよ、一切の業と煩悩との滅盡をなすmのよ。婆縛賀(スヴァ―ハー)。」


以上は、高田修 さんという学者さんが読んでくれたものです


 水野敬三郎さんという学者さんがちょっと違って読んでますので、それも載せてみます
   

小呪

  「唵、甘露威力よ、運戴し給へ、吽。」

大呪

  「三宝に帰依し奉る。聖なる無量光如来応供正等覚者に帰依し奉る。云ふなれば、唵、甘露能成尊よ、甘露能生尊よ、甘露胎蔵尊よ、甘露成就尊よ、甘露威光尊よ、甘露なる剛勇具足尊よ、甘露なる剛勇行歩尊よ、甘露なる虚空称誉作為尊よ、甘露なる鼓音声尊よ、一切の目的成就尊よ、一切悪業煩悩尽滅尊よ、成就あれ。」

 

 

ま、どっちも良くわからん(*゚∀゚)っ って感じですけどね



この阿弥陀大呪、小呪は、不空訳、密教の根本儀軌『無量寿如来観行供養儀軌(無量寿軌)』をはじめ、多くの経軌、事相書などに載せられていて、重要なものだったことがわかります


平等院阿弥陀像胎内月輪に書かれたものは、あまり字が上手ではないらしく(ひどい)、えらいお坊さんが下書きを書いて、その上から梵字なんかわからない工人がなぞったんじゃないか疑惑があるそうです




2 月輪観について

月輪を阿弥陀の胎内に籠めることは、仏に仏心が籠められることととらえられました
そして、月輪が胎内で皓皓と輝くことで、業障が消え、一切の妄念が消滅すると考えられたのです

これを意識的な行法として感性的に体験する鍛錬は月輪観と呼ばれ、
(浄土教の具現した世界と従来とらえられている平等院鳳凰堂なのに!)
密教の観法の基礎とされました

真言密教で有名なお坊さん、覚鑁(かくばん)の『月輪観頌』(1037~8)に そのやり方が書いてあります

(『月輪観頌』内容、原文省略)

       「先ず、菩提心の比喩的な概念、意味内容を十分に理解することが強調される。

        心身を整えて観法に入る。量一肘の月輪(一尺八寸 or二尺)を高すぎず低すぎない適当な位置に固定しそれに対面して月輪の菩提心に通ずる円満具足、内外明徹、潔白分明、自性清浄、清涼寂静、光明遍照など、月の清らかに澄んで皓皓と輝く特質を自分自身の心の中で体験し、晴天の満月のような月輪の形象を目を閉じても開けても、そこから一瞬も目をそらすことなく徹底して観察し、心が月であり、月が心であると観ずる。月以外の結びつきから生ずる他の表象は一切排除して、全意識を月輪に集中し、内的営みはすべて月輪から生ずると観ずる。全く月輪以外の表象が内部から消え、心が堅固不動のものとなったならば、普賢宮(普賢金剛薩埵の宮殿)に入り、微細の煩悩すら断ずる禅定(金剛定)に住するようにする。もし、心が散乱した場合には、意識を一処に集中し、心が鎮ったならば、月輪は鮮明に観えてくる。空中の月のように明了なビジョンとなったならば、その月輪を胸中に据え、心眼をもって内的にさらに徹底して観想する。そして、今度は固定した月輪を倍増して宇宙に満ちる様を明了に観察する。渡労して観想を終えようと想うならば、ふたたび一肘の大きさに戻して胸中に据えて出観する。」(金子啓明)

               




3 阿弥陀大呪、小呪

先ほど、阿弥陀大呪、小呪について、(わからないながらも)読み方を二種類ご紹介しましたが、

この意味は何でしょう?


 この二つ、阿弥陀呪といわれる密教の誦法で、先ほどの月輪観を前提にします


①小呪
 不空訳『無量寿軌』 によれば、十万遍これを唱えると、阿弥陀を観ることができて、命が終わるとき極楽世界に行くことが決まるそうです

さらに空海『無量寿次第』によれば、

①阿弥陀の相好の円満なるを観想し
②この本尊に心月輪があり、その上に秘密真言(阿弥陀小呪)があり、
③我が心月輪にも秘密真言がある
④本尊 が念誦するとき、本尊の口から秘密真言が出て、我の登頂から入り我の心月輪上に並び、
⑤我が念誦するとき、我の口から出て、本尊の足から入り、本尊の心月輪の上に並ぶ
これによって本尊と我が一体となる


というのです
                   
上の関係を図解すると


     絵が下手v( ̄∇ ̄)v



これと同様の観法は阿弥陀の道場観として、『別尊雑記』等にも書かれています



②大呪

こちら、前出の大呪の文 を読んでいただければわかるのですが、「甘露」とうという 語を10個含むことから、
阿弥陀の甘露呪などと呼ばれることもあるようです(おいしそう)

『無量寿軌 』によれば、わずか一遍唱えると、諸悪諸業障を消滅し、満一万遍を誦せば菩提心が現身中に浄月の如く現れて、命終わるときには阿弥陀如来と諸菩薩衆が来迎して、極楽の上品上生の往生ができる そうです


    
4 平等院が嚆矢

月輪に真言を輪書することは『尊勝仏頂脩伽法 軌儀』という経典に基づくようですが、
インド、中国には残された 例が なく、日本のみで行われたそうです


しかも平等院が初めての例なんですって!!!




満月って、今でも観るとうれしいような妖しいような気持ちになりますが、
平安の頃には、もっともっと深い深い意味があったんですね


あれ?でも、うさぎ とか、お饅頭と出てきませんね~

そっちのほうが大事なのにね


 
参考文献
高田修「鳳凰堂本尊胎内安置の梵字阿弥陀大小呪月輪考」
水野敬三郎「平等院鳳凰堂阿弥陀如来像とその納入品」
金子啓明「鳳凰堂阿弥陀如来像と観想」
 




      



今日は、オンラインの大蔵経から、4つ経典を引いてきました

大蔵経は経典が全て収められた書物で、部屋の棚いっぱいになる程の量ですが、
オンラインで観ることができます

本格的な研究者は研究室にあるのでしょうが、主婦には不要、だけど近所の図書館にはない(少なくともこの近所には)ので、オンラインは便利


オンラインには、書物自体の画像も出るのですけど、それを切り取る方法がわからないので、
画面上に同時に打ち出してある文章をコピペして個人的に使ってます



で、どんな経典を引いてきたかというと……

まずタイトル、4つ重ね↓
(わざとらしいシャーペンは、下の落書きを隠してあるのです(°_°))




これらの経典を引いた目的は

↓この数行はすっ飛ばし読みでOK
仁和寺の阿弥陀三尊の、右が観音、左が勢至菩薩の座位であることに関して、これを浄土尊ではなく、密教の経軌によるものであるとする説があるそうで(『白宝口抄』)、そこに仁和寺三尊が描かれていて(大正図像)、その経説がこれらにあるんですって!(もう難しくて、号泣 )

で、その経説4つを引いてみた

……という訳です





これ以上難しくて、何も言えねー!し、
質問も全て拒否ー!なのですが、

一番長いタイトルの経典が、恐ろしげな名前ので、ご紹介してみますね(^ー^)ノ


その名は、

「金剛恐怖集会方広軌儀観自在菩薩三世最勝明王経」


き、恐怖の集会〜〜?


そ、それって、どんなふうに怖い集会なんだろうね〜〜?


こわいけど、怖いもの見たさで、中身をちょっと覗いてみましょうか?



これですよ……↓


……(^◇^;)??



んー、恐怖の内容が全く伝わりませんけど……




恐怖の内容は私にもわかりませんが、
気を取り直して、
少しだけ、大蔵経のことについて、写真に即して説明します
 

例えば、上の写真の一部を拡大すると
番号がふってあります
これは、大蔵経の本にリンクしていて、

例えば、上では
T1033_.20 とありますね?
これは、この恐怖の集会の経典の固有番号です(20巻目の1033番)

続いて
0014とあるのは、大蔵経の本のページ番号
a.b.cは、本のページ三段の、上中下(aが上段、bが中段、cが下段)

18とか、19などの数字は行数

…というわけです

つまり、20巻目1033番目の経典で、14ページの下の欄の18行目……ということになります

経典の場所さえわかれば、あとは簡単ですが、経典がどこにあるのかを探すのがなかなか難しいのだよ



たいてい、論文には、↓こんなふうに、
18ー800下
のように大蔵経の番号が書いてあるので、私はそれを頼りにするしかありません(^◇^;)




先ほどの、恐怖の内容はわからないよう (はいここダジャレ)

わからないけど、別の経典で、ほんの少し別の内容をご紹介します



写真4つのうち、4つ目の
仏説陀羅尼集経
のほんのほんの一部をみてみるね

ここは、
阿弥陀の説法印について書いてある部分です
その内容は、私の下手な絵のような印相で、法隆寺とか興福院にある阿弥陀の印相のようですよ(*^o^*)

おでこパッチしそうな印相だわね



……なんてところで、
今回はおしまいです〜


キョーフの内容がわかったら、また更新しますね(^◇^;)




大蔵経検索は、↓こちら 
気が向いたらどうぞ!
(気が向くようなお方……あなた、随分変わってますよ! )







☆彡☆彡☆彡

大蔵経編纂のオンライン化のお話を以前聞いたことがありますが、
素晴らしいプロジェクトですね☆彡
……ということで↓ よろしくお願いします。

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突然ですが、問題です

次の印相をする阿弥陀仏は、どこのお寺の阿弥陀仏でしょうか?

①転法輪印

②弥陀の定印

③弥陀の定印


④弥陀の定印

⑤弥陀の定印

⑥来迎印

 

わかりましたか〜〜?


答えは最後にのせますね




仏像が流行する昨今、

「阿弥陀の九品来迎印」について、見たり聞いたりすることも多いかと思います



どのようなものかというと、

↓ このようなものです
例1



例2



例3
(前回の記事で書いたように)
観無量寿経に書かれている阿弥陀の来迎には、
往生する人の九品の段階に応じて9種類の来迎(九品来迎)があります


世間に広く流布しているのは
この九品来迎のそれぞれに対応する ように、 阿弥陀の印相も9種類ある
というお話で、

上に引用した図のように

上品では、両手を胡坐の上におく 定印 
中品では、両手を胸の前に開くようにする説法印
下品では、片手を上、片手を下向きにする 来迎印

の3種類の手の形があり、

それぞれの中で、上生、中生、下生に応じて、親指と 結ぶ指が3種類あるので、
3×3=9種類の、印相がある

という話 (たいてい、上のような図がついて解説されている)


ネットで検索しても上記のように容易に出てきますし、私も最近伊豆方面の地元の博物館でこのような図の掲示とともに、ボランティアガイドさんの説明をうけたことがあります(優しいおじいちゃまでした)

大昔、大学一年生のころ、@奈良 だったと思うのだけど、サークルにいた仏像にとても詳しい男子(奈良の人だったなあ、お元気かしら) からこの九品の印相の話を初めて聞いた時、とても面白く思ったものでした

九品に対応して、9種類の印相 ……たしかに面白い!なんかわかった感じがする!


でも、奥さん、
残念ながら、それ、間違いなんですよ


前回の、観無量寿経の記事(また、もう少し詳しく書きたいとは思っています)の時にもふれましたが、

そもそも、観無量寿経には、(阿弥陀の九品来迎について詳しく書いてあっても)、阿弥陀の印相については、一言も書かれていないのです!

そして、実際の図では、例えば、焼失した法隆寺金堂壁画(6号壁)は転法輪印です

観無量寿経の九品来迎を描いた、当麻曼荼羅の下縁部や平等院鳳凰堂の扉絵は、不明瞭で確認できないのですが、
いずれにしても、いわゆる九品印の例はなく、転法輪印もしくは、施無畏与願印が確認できるだけ のようです


ちょっと難しくなるけど、ついでに書けば
『覚禅鈔』に恵運請来九品曼荼羅というものが書かれていて、そこには九品往生印についての記載があるのですが、

↓『覚禅鈔』には、九品往生印と書かれている・・
 
この『覚禅鈔』の記述にしても、「儀軌がないために単なる異説の一つとしかいえない」(田村、後述)ので、九品印の典拠にはならないのです。(→だから、後世いろんな展開になちゃうわけだ)


で、じゃあ、いつ、「九品印」がまことしやかに考えられ始めたのかというと、江戸時代らしいですね


・・ですから、それ以前の阿弥陀をみて、「これはですね、上品上生です!」とか言っても、意味ないからね 、気を付けてね 

私が言っているだけでは、説得力がないと思いますので、少し他から引用してみますね

(一番手近な「検索」手段としてwikiで「印相」を調べみても、九品印は江戸時代から、と書いてあります
・・ ちゃんとした論文を書く場合には、引用することのできない(信頼性の低い)wikiでも、ちゃんと書いてありますね・・ブログに貼りつけるのには便利なので、ブログにはwiki 多用しちゃうけどね(・∀・)) 


では、きちんとした真面目な論文から引用してみますね

まず一つ目

「・・九本の印相についても、通説をまとめて九種の印相が大指と頭・中・無名指と定印、説法印、来迎印との組み合わせであることを述べた。(中略) 定印を上生印とした組み合わせの九品の印相が、現存の阿弥陀如来とどのような係りをもち、また適切なものであるかどうか、という疑問は長く尾をひいて心にかかっていたのである。 

 太秦の広隆寺の講堂に有名な転法輪印の木彫阿弥陀如来像が安置されているが、寺の説明ではたしか下品中生印とされている。拝観者は(一般研究者もふくめてであるが・・・)仏像入門書や案内書あるいは辞典などに図示されていた九品印の記述を思い出しながら、これが六番目とか八番目にあたるものだということを確かめて知識の裏付けをえたかのような気持ちになる。そして、"さすが女御の発願だけに上品上生を遠慮しての奥床しさがしのばれる"とか"いかにも絹織物の産地らしい太秦の寺の仏像にふさわしい民衆的な仏像である"といった感想文となって人々の前にあらあわれてくるというわけである。
これは一例にすぎないが、九品往生印もこのような解釈をされ、その造立の趣旨はおろかその阿弥陀の性格までもスポイルされることになると問題である。即ち、その像のもつ必然的な性格と表現が違った評価を受けることによって信仰的な内容さえも否定されることになりかねないからである。
そのような意味において図像学的な分類として九品往生印が無批判に踏襲されている現状は決して好ましいとはいえないのではないか単に無意味であるという以上にこの分類方法は正しい美術史・信仰史の考察にとって邪魔ですらあるということを強く感じるのである。」

(中略)

「・・・現在一般化している九品印は、浄土における阿弥陀とも或は来迎の阿弥陀とも全く無縁である筈の定印を上生印とし、転法輪印を中生、来迎印を下生印に相当しているのである。(はなこ注:←この部分はむしろ、上生→上品、中生→中品、下生→下品という解釈が一般に広まっていると思いますが、いずれにしても、今日流行るような間違った解釈のことを指しています) 」

(中略)
おそらくは江戸時代の仏像図彙が図示された最初とみてよい と思われる。したがって、私たちが美術史上に問題にするような造像の印相を下品中生の印を結ぶなどと説明したり上品上生印であるという使い方は大へんな間違いであり、いわば信仰的な面からのその呼称を不必要とする現在の阿弥陀如来像への接し方としては全くナンセンスというほかはない。」(田村隆照「定印阿弥陀如来像をめぐる諸問題」仏教芸術65、1967)


もう一つ別の論文

「・・・(定印像の成立を)、定印の密教修法上における役割より説き起こし、これを江戸時代以来の「仏像図彙」などの分類にもとづく上品上印とと同一視する誤った見解を強く否定した田村隆照氏の説(はなこ注・上に書いた論文のことです)も、阿弥陀仏の図像的検索の過程で看過しえないプロセスを踏んだものとして再認識しておこう。

阿弥陀の定印が上品上生印と本来何の関係もなく、またそこにいう九品来迎印が歴史的な意味を持ちえない ものであることが、世間の通念から容易に払拭しえないという現状は、あまりにも非学問的である ことにおいて仏教美術史の汚点
といえぬでもない。・・」(濱田隆「定印阿弥陀像成立史考(上)」仏教芸術100、1975)


だからですね、手の印相をあちゃこちゃやってみて、「上品上生!」・・とかパントマイムみたいにやってみるとか(私がかつてよくやったのだけど )、江戸より前の阿弥陀仏の印相をみて、「これは下品上生です(ドヤ )」とか言いきったりするのは、

大間違いのコンコンチキだから、

今すぐやめよう!
(江戸時代以降の阿弥陀仏には当てはまることもあるかもしれないので、よく時代を確認してください)

以上、 「九品印パトロール隊」からの、お知らせでした!(お正月の「新年明けましておめでとうパトロール隊」改め←「新年」「明けまして」は重複表現だからやめようキャンペーンは、また来年!)




では、はじめの問題の答えです

答え

①広隆寺講堂阿弥陀如来坐像
image 


②清涼寺阿弥陀如来坐像(三尊のうちの真ん中)
 


③仁和寺阿弥陀如来坐像(三尊のうちの真ん中)
 



④岩船寺阿弥陀如来坐像(独尊)
 


⑤平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像 (眠そう・・)



⑥三千院阿弥陀如来三尊像




おまけ

仁和寺阿弥陀如来のお顔を見ると……


私は、どうしても、長門勇さんを思い出す……




長門勇さんといえば、

川口技研のスベラーズ!
 
これ、階段から落ちないように、階段の縁に貼るものなんだけど、子どもの頃に見たコマーシャルの印象が強烈です

長門勇さんは、極楽にスベラーズお持ちでしょうか?



もしかして、あの久米仙人もスベラーズがあったら、落ちて来なかった?

(全然関係ないけど)
久米仙人が女性の白い脛をみて、ドスンと落ちてきた話(やーねー)
↓↓こちらに書いてあります



↓ こちら押していただけると、滑りませんよ!?

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東寺講堂の四天王を書く予定なんですが、
それはちょっと置いてといて(得意技)

ダラっとしたお話を……(^◇^;)


いや、もうね

少し前に書いた、(私にとって)チョー難しい論文の読みに、またまた行き詰まり
これはまだ知識が足りないからだということで
「他の書物」にいろいろとあたってるのですが、
他の書物にあたると、またまた曖昧だったり、わからないことが出てきて、

「他の他の書物」にあたり……と、

理解不能のバケツリレー状態


が加速する今日この頃、皆さんお元気ですか??v( ̄∇ ̄)v




もっともっとちゃんと基本をビシッと押さえよう!
ということで、引っ張り出したのがこの本↓

浄土三部経(下)
私のブログでは、以前に何度も扱っているのですが
(そしてひとつとして、真面目に書いているものはないのですが ←ばかもーん!)


これ、浄土教を研究する時に必須の本です


浄土教には、基本の3つの経典があります

これを、浄土三部経と呼びます
1  無量寿経(大経)
2  観無量寿経(観経)
3  阿弥陀経(小経)



この中で、
一番ビジュアル化しやすいのが、2の観無量寿経(観経=かんぎょう)で、
浄土教美術のもとになっているだけでなく
話としても面白いのです

当麻曼荼羅は基本的に観経の内容を絵画にしたものです


以前のブログにも時々取り上げました
例えば、当麻曼荼羅の九品往生については
↓ ここ(前半はぶっ飛んでますが、後半やや真面目に書いてます)
http://s.ameblo.jp/naranouchi/entry-12001303469.html



『今回の「チョー難しい論文」を読むために読んだ論文』に引用されていたのが、
この観経の中の九品往生段でした

この『論文』の主題は「阿弥陀の印相について」だったのですが、それを理解するため、観経の中の、九品往生の部分を読み直しました 
(その『論文』には、「観経には阿弥陀の印相が書かれていない」ということが書かれています…たしかに、観経では印相については一切記述なしなんですよ(これについては、密教の図像集の方で書かれてたりするのですが、難しいので割愛!)……広く世に知られている「九品の印相」は誤りだということは、広く知られてなくて……ん?←これについては後日書きたいなと思っています 


……で、
九品往生段
生前の行いを、すごくえら〜い人から極悪人まで、9段階に分けて
えらい順に往生の仕方を分けて書いたもの です

9段階の内訳は、
まず3段階
すなわち上品(じょうぼん)、中品(ちゅうぼん)、下品(げぼん)に分け


それぞれの段階の中でさらに3段階に分けるもので

上品上生、上品中生、上品下生
中品上生、中品中生、中品下生
下品上生、下品中生、下品下生

の9段階となるわけです
(浄土三部経の中で、1の『無量寿経』では、3段階にざっくり分けただけなんだけどね=三輩段)



観無量寿経の本をめくってみるよ

↓ たとえば、この部分は、上品上生 (チョー偉い人の往生について)
 
写真右下の丸で囲ったところに、上品上生とは……って、書いてあるよね
チョー偉い人はどんな人かいろいろ書いてあります
そして、亡くなったとき、「阿弥陀如来、観世音・大勢至、無数の化仏、百千の比丘・声聞の大衆、無数の諸天、七宝の宮殿」が、現前し、うんたらかんたら……と書いてある!




↓こちらは、下品下生 (極悪人の往生について)
 
↑ やっぱり丸で囲んだところに、下品下生とは・・と書いてある
どんな人かというと「五逆・十悪」をした人で、亡くなった時、南無阿弥陀と称えれば、(誰も来ないけど)金蓮華だけゴロゴロ来る、と書いてあります(寂しい往生だけど、金蓮華が来ただけでもよかったわけだ……)




こういうのが、9段階それぞれに書いてあって

・どういう人が、上品上生、上品中生……か?という定義からはじまり、

・亡くなるとき、極楽からどんなメンバーがお迎えに来るのか? (偉い人ほど、大勢でにぎやかに迎えにくる……最後は、蓮台だけ )

・極楽には、何に乗って行くのか? (極楽行きの乗り物=蓮台にも格があるのだよ)

・極楽にはすぐにつくのか?時間がかかるのか? (極悪人はさっさと極楽で蓮台から「下車」できないんだよね…)

……なあんてことが、段階別に書いてあるのです



これが真実なら、生きてるうちは、なるべく「いい人」で過ごした方がいいよ!ということになりそう

(でも逆に、下品のほうに書いてある、「結局は極楽に行ける!」ってところが、中世の庶民の強い心の支えになっていくのだよね〜〜)



この観無量寿経の九品往生段、
それぞれの段で、内容が違うのはもちろん、 
記述の長さも結構違うんです

そこで、この際、
・それぞれの長さの違いや、
・書いてある内容
をビジュアル化して簡単に比較できるようにしようと思い
パソコンに該当箇所をガシガシ打ち込み、印刷し、ハサミで切り、横に並べてノリで貼りました(絵に描いたような、アナログ手法だな )



それが、これ↓

大きいので、分けて撮ってみました
先ずTOP3(「上上」生の略・・・以下同じ)

↑ (ノリの跡がふにゃふにゃですがっ)         
上品上生が、この中では一番長いです



次、
4位(中品中生)から9位(下品下生)!
中品下生の短さよ!(どうした!)




そして、見にくいけど、1位から9位まで、横に全部並べた画像はこうなる↓

(画面、左より、上品上生、上品中生、・・・・と続き、一番右が下品下生です
それぞれの長さが分かるように、最後に赤い線を入れてみました)

こうやって見ると、上品上生から始まり、上品3つが長い ですが、
下品も負けちゃいない長さ


両側に比べて、中品は、短いね
生前の行いがほどほどで、平均点だから、短いんでしょうかね?

→学校でも、できる子は先生の受けがよく、逆に、授業聞かない子にも手がかかる……成績真ん中の子は目立たない
→3人きょうだいも、上の子は赤ん坊時代の写真どっさり、新しい服どっさり、逆に、末っ子はいつまでも可愛がられる……真ん中の子は、写真ないし、お古ばかり着せられるし、存在感がうすい

・・・・・というような感じで、中品の影が薄いってことかしら?

がんばれ、中品!


「切り貼り」したことで、分かりやすく視覚化されて、面白いことになりました  





………で、私の打ち込みにミスタッチがないかどうか、
私が原文を読んで、旦那にプリントアウトをチェックしてもらったのね

『観経』の文を初めて目にした旦那(普通は観経なんて読まないわよね )にとっては
内容が面白かったらしい


旦那は、

「まず自分は、九品のどのあたりにいるのか?」
と考えて

「どうせ、下品(げぼん)だろうから(←え、「げひん」と間違えてないかい?)
下品の記述が長いのは、一般人として、ホッとするものだ
という感想を持ったそうです


これは、つまり、旦那が一時的にでも信仰者の立場から、九品往生について考えたということで、

私にはびっくりぽん!でした

なぜなら、私は初めから、(観経に限らず)こういうものは、資料と見ているからです

だから、
記述の長さや内容を比較しようとか、
場合分けして整理しようとか、
早く最初の文章読みに戻ろう とか、 
そんなことばかり考えてるの

信仰者としてホッとする、なんてことはないのよね(信仰者じゃないもん )


旦那と私の、感じ方の違い、
これは、けっこう面白い違いだと思ったけど、

もし私に一時的にでも信仰心が湧くと、
客観的な判断ができなくなるんじゃないか?とも思ったりします (元々判断力なんてあーりませんけどね)

親しみの感情はあるけど、それは信仰心ではない……とでもいうのかしら?


こう考えると、宗教って難しいね

本来は、仏像だって信仰の対象なんだから、時代がどうの、材料がどうの、様式がどうの・・
って、そんなの関係ないはずだものね・・

逆にそんなことばかり気にするって、ある意味失礼かもしれないものね

だけど、仏像や仏教美術は、信仰心はなくても、私にとってとても身近な存在であることも確かだと思うのです


……な〜んて言っておきながら、

わが家の子ども達のこと考えると、

息子はカトリックの中高一貫校
娘はプロテスタントの中高一貫校

に、通わせたのでした・・・はははは(*´∇`*)


……わが家、やっぱり宗教的に節操ないな

という結論に私、今、改めて到達しました

これでは、下品の往生だわ〜〜 きゃーー
(お迎えの菩薩が一切来なくて、蓮台だけがゴロゴロ来るやつだわ~






↓ 押してくださいにゃ〜〜

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